覚悟[人間No.3]
踠き苦しむ美学が私はあると思う。
私はすぐに楽な方に逃げようとする。
例えば食器を洗わなければならないのに、水につけて放置してスマホをいじる。
これは水につけておけば後から洗いやすくなるから、
今はとりあえずこれでいいだろうという言い訳からきている。
これは一種の逃げに当たることだろう。
後々たまりにたまった食器とこびりついた油に苦戦するのは自分なのに・・・
私は本当に逃げることが多い。
今もこうしてレポートから逃げて、この文章を書いている。
やりたいことに逃げているだけ、自己満足である。
いつも逃げたいと思う自分がいる。
だから、主人公が逃げずに諦めず泥臭く闘うヒーローもののストーリーが大好きだ。
いろんなストーリーに触れて自分も泥臭くていいから逃げずに戦いたいと思う。
本人は気づいていないにしても、
現実の世界でも空想の世界でも、
周りから見ている人、読者からみれば
逃げずに闘う姿には美学があると思う。
最近聞いた歌で物凄いフレーズを見つけた。
「キレイとは傷跡がないことじゃない、傷さえ愛しいというキセキだ」
本当にその通りだと思う。
何も知らない人からしたら、その姿は泥に塗れて醜いかもしれない
しかし、それは醜いことじゃない。
その踠き苦しみ、何かを掴み取ろうとする姿が美しいんだと私は思う。
この世にこの気持ちに共感してくれる人がどれだけいるのだろう
もちろん、食器を洗うこともレポートを書くこともめんどくさい
しかし、今の現状から逃げていて何が変わるのだろうか、変えられるのだろうか
これからずっと逃げ続けたその先に私の美学はあるのだろうか
いつまでも漫画の主人公に憧れ、いつまでもこうなりたいと嘆くのだろうか
残念ながら私はそこまでプライドが低くないし、
ページをめくるだけで終わる者ではない。
私は踠き苦しむ、何かを掴みとるために。
今日も私は人間だ。